質の高い酒造り
正直な話、経営効率を考えると、今、内田喬智常務が提案している純米の高級日本酒路線だけに絞るのは、下関酒造の経営戦略ではないと思っています。
確かに値段が高くても、その日本酒にストーリー性があれば、購入してもらえる時代になってきたとは感じます。
しかし、清酒のトップの部分だけを見ていたら、いずれは蔵の経営も成り立たなくなると思っています。
日本酒を飲むお客様をピラミッドにして考えると、頂点の三角が高級酒です。
リーズナブルなお酒ほど、たくさんのお客さんがいます。
もちろんピラミッドの頂点を目指すこともいいですが、上ばかりを見ていると、ピラミッドは小さくなっていきます。
日本酒の飲酒人口自体が減るのです。
酒蔵の経営を考えれば、ピラミッドの底辺も広げておかなくてはいけません。
だから、私はこれまで、たくさんの人に飲んでもらえるお酒を大事に考えてきました。
われわれ下関酒造の規模を考えた場合、うちの会社はピラミッドのど真ん中よりちょっと上を目指していこうと思いました。
そこで、リーズナブルなお値段で提供できる、質の高い酒造りに力を入れてきました。
酒米の王者と言われる山田錦を使用しても、リーズナブルな価格で、気軽に飲める大吟醸酒などを出せば、日本酒ファンも増えるのでは。
料理に合うお酒をつくれば、毎日の晩酌に使ってもらえるのでは。
そんな思いから、生まれたのが「海響」です。
ワインに対抗できる4号瓶で1200円の大吟醸酒です。
私の酒造りは食との相性を重視しているので、海響は夕食の最後まで飽きることのない酒だと胸を張って言えます。
下関酒造では蔵の機械化を進めて製造コストを下げ、量産する態勢を整えました。
たくさん造ることができるお酒でないと、会社として蔵人も養えないし、マーケティングも成り立たないからです。
こうして、「海響」などの「普段呑み」に適した価格で質の高いお酒を提供できるようになりました。
ただ、私自身、リーズナブルなお酒の提供にこだわってはきましたが、時代は令和です。
昭和、平成と酒造りに情熱を傾けた私の時代は、終わりに近づこうとしているように感じています。
SNSの世界になると、もう私は全然だめです。
潔く引き下がった方がいいとすら思います。
新しい時代へ
いずれ息子である常務が、下関酒造のすべてを担う時代がきます。
私も父である先代から蔵を任されましたから。
そして、伝統的な女性の絵柄が入った関娘のラベルを文字だけに変えました。
海響もつくりました。
同じように新しい人材が、会社の新しい時代をつくっていくべき時に来ています。
だから、常務の今やっていることをすべて否定するつもりはありません。
むしろ、面白いことを始めたと思っています。
彼は純米大吟醸という、いままで蔵になかった世界を作り出しています。
息子は酒造りの経験もあるし、基本的な実力があるとわかっていたから、「やってみろ」と任せているのです。
常務のチャレンジは、純米大吟醸酒「獅道 38」、純米吟醸「蔵人の自慢酒」など新銘柄を生み出し、世界の酒類コンクールでも優秀な賞に輝いています。
世界で評価されるなんて、今までの下関酒造にはなかったことです。
正直、「安酒」のイメージもつきまとっていた下関酒造が、「高級酒」でも評価される時代にきました。
若い力が蔵のイメージをどんどん変えています。
私は、下関酒造の未来が、楽しみで仕方がありません。